主観的な感覚を、連続した数値として記録する測定方法
痛み、心地よさ、疲労感、刺激の強さなどは、本人には明確に感じられていても、体温や血圧のように機器で直接測定できるとは限りません。
Visual Analog Scale(VAS:視覚的アナログ尺度)は、このような主観的な感覚を、一本の線上の位置として回答してもらい、数値に変換する測定方法です。医療・心理学・生理学・人間工学をはじめ、幅広い研究や調査で利用されています。
VASの基本的な仕組み
一般的なVASでは、回答者に一本の直線を提示し、その両端に評価する感覚の最小と最大を示す言葉を配置します。
たとえば、痛みの強さを測定する場合は、次のような尺度を使用します。
rVASのVAS回答画面の例。「まったく痛くない」から「想像できる最大の痛み」までの尺度が表示されている
回答者は、自分の現在の感覚に最も近いと思う位置に線や印を付けます。紙のVASでは、伝統的に長さ100 mm(10 cm)の直線が用いられ、左端から回答位置までの距離を測ることで、0〜100の値として記録します。VASは古くから、言葉だけでは表現しにくい感覚や状態を測定する方法として研究されてきました。
たとえば、左端から72 mmの位置に回答が記入されていれば、VAS値は「72」となります。
VASで測定できるもの
VASは、痛みだけを測定する方法ではありません。質問文と両端のラベルを適切に設定することで、さまざまな主観評価に利用できます。
- 痛みや不快感の強さ
- 疲労感や眠気
- 心地よさ、好ましさ
- 刺激の強さ
- 息苦しさ
- 緊張感や不安感
- 満足度
- 味や匂いの感じ方
- 操作のしやすさ
- 製品や環境に対する印象
ただし、一本の線を用意すれば、どのような概念でも自動的に正確に測定できるわけではありません。測定したい内容、質問文、両端のラベル、対象者、実施環境が適切に対応していることが重要です。測定尺度の妥当性や信頼性は、利用する目的や対象集団ごとに検討する必要があります。
NRSやリッカート尺度との違い
主観評価には、VAS以外にもいくつかの方法があります。
Numerical Rating Scale(NRS)
「0から10までの数字から選んでください」というように、あらかじめ用意された数値の中から回答します。
リッカート尺度
「まったく当てはまらない」「あまり当てはまらない」「どちらともいえない」「よく当てはまる」など、段階的な選択肢から回答します。
Visual Analog Scale(VAS)
決められた選択肢の中から選ぶのではなく、線上の任意の位置に回答します。
VASでは、「6では弱すぎるが7では強すぎる」と感じる場合にも、その中間に印を付けられます。限られたカテゴリーに回答を当てはめるのではなく、感覚の連続的な変化を位置として記録できることが特徴です。VAS、数値評価尺度、リッカート尺度はそれぞれ異なる回答形式であり、研究目的や対象者に応じた選択が必要です。
VASを利用するメリット
感覚の細かな違いを記録できる
VASでは線上の任意の位置を選べるため、少数の選択肢だけを用いる方法よりも、回答者が感じている微妙な違いを記録しやすくなります。
回答方法がシンプル
基本的な操作は、「自分の感覚に合う位置に印を付ける」だけです。質問文と両端のラベルが分かりやすければ、短時間で回答できます。
繰り返し測定に利用しやすい
介入前後、刺激提示前後、複数の条件間など、同じ尺度を用いて繰り返し測定することで、主観評価の変化を比較できます。
幅広い研究テーマに応用できる
VASは特定の疾患や研究領域だけに限定された方法ではありません。質問内容を適切に設計することで、医療、心理、生理、食品、香り、運転、ユーザビリティなど、さまざまな研究に応用できます。
VASを使用するときの注意点
両端のラベルが測定内容を決める
「不快ではない―非常に不快」と「非常に心地よい―非常に不快」では、同じように見えても測定している内容が異なります。
質問文と両端のラベルには、回答者が何を評価すべきか誤解しない表現を使用する必要があります。
測定条件を統一する
研究中に、尺度の長さ、向き、質問文、回答方法、数値表示の有無などを変更すると、回答に影響する可能性があります。同じ研究内では、できる限り同じ形式と手順で測定することが重要です。
評価する時間範囲を明確にする
「いま感じている痛み」と「過去1週間の平均的な痛み」では、回答者が思い出す範囲が異なります。一般に、長期間の経験を思い出して回答するほど記憶の影響を受けやすいため、「現在」「刺激を受けた直後」「過去24時間」など、評価対象となる時間範囲を明確にします。
VAS値だけで普遍的な意味を決めない
ある研究でVAS値が「30」だったとしても、それだけで一律に「軽度」「正常」「異常」と判断できるわけではありません。
同じ数値でも、測定項目、対象者、疾患、研究条件によって意味が異なります。VASは主観的な回答を数値として記録する道具であり、診断や治療判断を単独で行うものではありません。
対象者に応じた操作性を確認する
視覚、運動機能、認知機能などの影響によって、線上の位置を正確に選ぶことが難しい場合があります。対象者が尺度を理解し、実際に操作できるかを、研究開始前に確認することが大切です。
紙のVASとデジタルVAS
従来の紙のVASでは、回答後に研究者が定規で長さを測り、その値を表計算ソフトなどへ入力する必要がありました。
デジタルVASでは、画面上で選択された位置を自動的に数値へ変換できるため、次のような作業を効率化できます。
- 定規による測定
- 測定値の手入力
- 複数回答の集計
- 条件名や被験者IDとの対応付け
- データファイルの作成
電子式VASと紙式VASを比較した研究では、適切に設計された電子式VASは、紙式VASと近い測定結果を示すことが報告されています。複数の研究を検討したレビューでも、多くの研究で両形式の比較可能性が支持されています。
ただし、画面上にスライダーを表示するだけで、必ず紙のVASと同じ測定になるわけではありません。尺度の見え方、初期位置、入力方法、数値の表示、端点の選択しやすさなどを考慮し、研究中に一貫した形式を使用する必要があります。
rVASによるVAS測定
rVASは、研究や調査で使用するVASをiPad上で作成・実施・記録するためのアプリです。
紙のVASに線を引くように、指やApple Pencilなどで回答し、その位置をVAS値として自動的に記録します。複数の評価項目、条件、反復測定、提示順パターンを設定し、複数の参加者の結果をまとめてXLSX形式で出力できます。
測定データは端末内への保存を基本とし、オフライン環境でも使用できるように設計されています。
rVASは診断や治療判断を行う医療機器ではなく、主観評価の記録と研究データ管理を支援するためのツールです。研究で利用する際は、研究目的に適した質問文、尺度、実施手順、解析方法を研究者自身が設定する必要があります。
まとめ
Visual Analog Scaleは、言葉や機器だけでは表現しにくい主観的な感覚を、線上の位置として記録する測定方法です。
構造はシンプルですが、測定結果の質を保つためには、質問文、両端のラベル、測定時点、回答方法、対象者への説明を統一することが重要です。
適切に設計されたVASは、痛みだけでなく、心地よさ、疲労感、刺激の強さ、満足度など、さまざまな主観評価を研究データとして記録するために活用できます。
参考文献
- Aitken RCB. 「Measurement of feelings using visual analogue scales.」. 『Proc R Soc Med』, 1969. https://doi.org/10.1177/003591576906201005
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- Byrom B, et al. 「Measurement Comparability of Electronic and Paper Administration of Visual Analogue Scales: A Review of Published Studies.」. 『Ther Innov Regul Sci』, 2022. https://doi.org/10.1007/s43441-022-00376-2